先日、玉緑茶(ぐり茶、それとも昔、静岡ではヨンコンとも呼ばれている)という茶種に触れたのですが、2種類に分別させれている。
この間、歴史が古く、現在非常に珍しい釜炒り茶(「釜炒り製玉緑茶」、それとも「釜ぐり」)について語った。それでは、本日、もう一つの玉緑茶のタイプについて話しましょう。
蒸し製玉緑茶(蒸しぐり)のメインな生産地は、釜炒り茶と同様に九州です。特に、佐賀県の嬉野茶は有名です。ちなみに、とても珍しいのだが、蒸しぐりは伊豆半島の名産物としても有名。
それに対して、釜炒り茶と違って、蒸しぐりは日本茶の中には比較的に新しい茶種です。
その由来を理解するように、日本茶の近代歴史をちょっと顧みましょう。
江戸時代、文人により、”煎茶”(急須で淹れるお茶)が発展します。最初は、中国式の釜炒り製のものでしたが、1738年には蒸し製煎茶の製法が永谷宗円により発明された。勿論、茶道の抹茶と同様に、煎茶はとても限られていた経済的の余裕の持ち主にしか消費されなかった。
とても興味深いことには、煎茶は大ブレックをしたのは日本ではないことです。1853年、出島のオランダ人を通じて、日本茶の見本が欧米へ送られた。結果的に、イギリス人の茶商は6トンを注文した!当時の日本には、6トンのお茶を集めることは、ほぼありえないが、注文を受けた大浦慶さんが3年間を掛けて、九州各地のお茶を集めて、アメリカへ輸出した。
その中、色んなお茶があったのですが、煎茶は向こうの方々に特に好評された。
詳しい話を省略するが、幕府そして明治政府が煎茶の栽培を促進したり、機会化を計ったり、海外の消費者が求めるような品質を保ったりしながら、煎茶は、生糸に次いで、第2位の日本の成長動機になった!
そう、現在当たり前のような日本茶である煎茶は、明治時代に大切な輸出として発展した!
しかし、第一次大戦の後、欧米での煎茶に人気は完全に無くなった。高い商品で、まだ日本人を的にして販売することには行けなかった。新しい市場を見つけなくては行けなかった。
世界の何処に緑茶が消費されているのか?
ムスリム系の国。それで、日本茶はソ連系の中東の国を狙った。
唯、昔から中東の国々には、中国産の緑茶を輸入して消費する。つまりは、釜炒り製の丸まった葉っぱのお茶。針のような形の蒸し製煎茶とは大きく違うのだ。当時の日本でも、蒸し製のお茶を製造するような設備が出来ていたので、釜炒り茶を輸出することはもう無理だった。そこで、アイデアが出てきた。煎茶の製法の中、葉っぱを針のような形にするのは「精揉」という工程だ。この精揉を抜けたら、蒸し製のお茶は勾玉の形になる。蒸し製玉緑茶の誕生だ!
因みに、一時的に、中東への輸出は成功だった。
さて、釜炒り茶には独特な味わいや香りがあれば、蒸し製玉緑茶はどっちかというと、別に煎茶とはあまり変わらない。
全体的に、柔捻が若干軽いということもあって、蒸しぐりは大体甘めのものが多い。後はとにかくお茶はみんなそれぞれだね。
淹れ方はね、筆者には、基本的に煎茶と一緒だが、もう少し熱めのお湯で淹れてもいいやつもある。それもまた、お茶による、また好みによる........
丸山園の嬉野茶
丸山園の沼津市(静岡県)産のぐり茶
駿河路や 花橘も 茶のにをひ
芭蕉
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